勧告的意見のうち5件は、国連行政裁判所(Administrative Tribunals of the United Nations)および国際労働機関(ILO)の裁定について判断を示したものです。
裁判所に近年提訴された事件には、政治的変動あるいは地域紛争を背景とするものも含まれています。
アメリカの駐イラン大使館が占拠され、外交官や領事館職員が拘禁されたことに関してアメリカが提訴した事件では、裁判所は1980年、イランは人質を解放し、大使館を返還して賠償を支払うべきだとの判決を下しました。
しかしアメリカ、イラン両国間で合意が成立したため、この提訴は賠償額を決定する以前に取り下げられました。
またイランは1989年、アメリカの軍艦「ビンセンヌ」によるイラン民間航空機撃墜事件を糾弾して、アメリカにはイランに対して補償を支払う責任があることを明らかにするよう提訴しました。
ニカラグアは1984年、アメリカが同国に対して軍事力を行使し、内政に干渉していると訴えました。
これに対し、アメリカは国際司法裁判所には管轄権がないと主張。
しかし裁判所は書面および口頭での審理ののち、管轄権はあり、ニカラグアの提訴は受理できるとの判断を示しました。
アメリカはこの判断のみならず、裁判所が1986年に下した、アメリカは、ニカラグアに対する義務に違反しており、問題となっている行動を控えて賠償を支払わねばならないという判断についても受け入れを拒否。
裁判所はニカラグアから、賠償の形態と金額を決定するよう要請されています。
ニカラグアは1986年にコスタリカとホンジュラスを相手取り、国境地域での武装活動に関する両国の責任を追及する訴えを起こしました。
コスタリカに対する訴えは合意によって取り下げられましたが、ホンジュラスに対する訴えは未解決であり、裁判所は1988年、この件に関しては管轄権があることを確認しています。
1973年に、オーストラリアとニュージーランドがそれぞれフランスを相手どり、フランスが太平洋で実施した大気圏内核実験のために放射性降下物が蓄積していると訴えました。
裁判所はこれに応じてフランスに対し、最終的な判断が下るまではこの種の実験を控えるべきだと指示しました。
しかし、その後(1974年)、1974年以降は大気圏内核実験を差し控えるとフランス政府が声明したため、両国の訴えにはもはや意味がなくなったとの判断を示したのです。
総会が要請した勧告的意見のなかには、国連と加盟国の関係に関するものもあります。
そのひとつは国連のパレスチナ調停官が暗殺された事件に関して1949年に出されたもの。
国連には、その代理人に対する権利侵害に関して加盟国に損害賠償を請求する権利があるという判断を下しました。
1988年にアメリカがパレスチナ解放機構(PLO)のニューヨーク事務所の閉鎖を命令したことに関する国連との紛争に関して、アメリカは国連本部協定に基づき、調停を受け入れる義務があるという見解を示しました。
また、中東とコンゴにおける平和維持活動経費の拠出を一部の諸国が拒否したことについても勧告的意見を示しています。
1962年、この種の経費は憲章に基づき、すべての加盟国が分担すべきだとの判断を示しました。
南西アフリカ(ナミビア)に対する、委任統治国としての義務の履行問題に関しては、裁判所は1966年、エチオピアとリビアが南アフリカを訴えた事件について、この両国は法的な利害関係を立証できなかったとの判断を下しました。
裁判所が示した勧告的意見のうち、4件もがナミビアに関するもので、そのうち3件は総会の要請に基づいていました。
その最初の勧告的意見(1950年)において、裁判所は国際連盟が解散しても南アフリカには依然として委任統治国としての国際的義務があるとの見解を示しました。
安全保障理事会の要請で1971年に出した4番目の勧告的意見では、南アフリカのナミビア居座りは違法であり、南アフリカにはナミビアの統治をやめ、その占拠を打ち切る義務があると述べていました。
かつては信託統治下にあったナウル島をめぐる事件も係争中です。
ナウル共和国は1989年、オーストラリアの委任統治下で採掘されたリン鉱山の修復を求めてオーストラリアを訴えました。
裁判所は1982年、チュニジアとリビアの要請で、また1985年にリビアとマルタから付託された事件に関して、これらの国に所属する地中海の大陸棚の範囲決定に適用される国際法の原則と規則を示しました。
1984年には小法廷がメイン湾におけるカナダとアメリカの大陸棚および漁業水域の境界設定方法を決定。
グリーンランドとヤンマイエン島の間の境界に関するデンマーク・ノルウェー間の紛争もありました。
なかにはまた、ラテンアメリカにおける亡命の権利(1950年、コロンビア対ペルー)、モロッコにおけるアメリカ国籍所有者の権利(1951年、フランス対アメリカ)などのような外交的保護問題に関する事件もあります。
裁判所は1955年にリヒテンシュタインは同国に帰化していますが、実際には何のつながりも持たない人のために、グアテマラに対して損害賠償を請求することはできないという判断を示しました。
裁判所は、1970年にベルギーにはスペインである種の措置の対象となったカナダ企業のベルギー人株主の利益を保護する法的な資格がないと判断。
1989年には小法廷が、アメリカの法人が所有していたシチリアの企業が接収された事件に関して、アメリカがイタリアに対して起こしていた補償請求を却下しました。
付託された事件のなかには、領土権に関するものも含まれていました。
たとえばフランスとイギリスの間での紛争では、裁判所は1953年、イギリス海峡の一部の島について、これらの島々はイギリスの主権下にあるとの判決を下しました。
また1959年にオランダ国境の近くの飛び領土に対するベルギーの領有権を支持。
1960年にポルトガルがインドに持っていた2つの領土間の自由航行権に関して、インドはそれを尊重する義務に違反していないとの判断を示しました。
1986年に小法廷のひとつが、ブルキナファソとマリの間の国境の一部を明確に設定しました。
さらに1986年にはエルサルバドルとホンジュラスが国境紛争を共同で小法廷に付託しました。
国際司法裁判所に付託される事件には、海洋法に関するものもあります。
裁判所は1949年にアルバニア領海でi無害通航権を行使していたイギリス軍艦が機雷によって損害を受けた事件について、アルバニアに責任があるとの判決を下しました。
イギリスとノルウェーの間の漁業権をめぐる紛争については1951年、ノルウェーが領海の決定に用いた方法は国際法に反するものではないという判決でした。
1969年にデンマーク、オランダ、西ドイツの要請に基づき、各国に帰属する北海大陸棚の範囲の決定にさいして適用されるべき国際法の原則と規則を明確にしました。
1974年にアイスランドには、1961年に合意された漁業水域と1972年に同国が宣言した50カイリの水域の間の水域からイギリスと西ドイツの漁船を一方的に締め出す権利はないとの判決を下しています。
国連憲章の第1条は、国際紛争は正義と国際法の原則に従い、平和的な手段によって調整あるいは解決されねばならないと定めています。
その第33条によれば、平和的な解決の手段には仲裁裁判や司法的解決などがあります。
また第13条によれば、総会の機能のひとつは「国際法の漸進的発達と法典化を奨励すること」です。
国際司法裁判所(ICJ)が1946年に発足して以来、各国から付託された事件は60件以上にのぼり、このほか国際機関からも20件の勧告的意見が求められています。
付託された事件のほとんどは大法廷によって取り上げられてきましたが、1981年以降は4件の事件が当事国の要請により特別法廷で審理されました。
6件の紛争と勧告的意見を求める1件が現在、未決定です。
付託された事件は広範な分野にわたります。